やるしかないのに、できない理由
2020/08/19
それを打破しない限り、自信はつかない。
お目通しくださり光栄です、京都の脳科学コーチ
京の巫女 西陣の拝み屋です。
本日8/19はご予約満了となりました、ありがとうございます。
明日8/20、限定1名さま対面にて、鑑定または新月の願い承れます。
さて、本日のお題。
やらなきゃならないことなのに、できないってこと、ありませんか?
たいがいは気力で乗り越えるえみちゃんですが。
そのえみこは実は、結構ヘタレですよってお話。
えみこに近しい人は、えみこがお稽古マニアなことを知っていると思いますが。
そのお稽古絡みの本番をいま控えていてですね。
(世間で俗にいう発表会ってやつですね)
まあまあ、そこから学ぶことが山のようにあるわけですよ。
一番大きかったのは、人間やめたらダメなことがあるんや、ってこと。
それは、辞めてみないとわかんないんですよね。
6歳からずっと音楽の畑にいて、俗に言う「板の上」の時間がある人生でした。
年に何回か必ず舞台に立つ時間があり、板の上を降りてからは裏方に回りました。
でも、「本番」がない人生は過ごしたことがありませんでした。
震災の前に出会った人は、わたしの人生からその時間を取り上げて行きました。
「あなたのためよ」と言って。
ま、口車に乗ったのはわたしなわけですから、自己責任なわけですが、その結果度胸と本番に強かったはずのメンタルを失っていたことに、今回の発表会を機に気づいたわけで。
まさにうたを忘れたカナリアです。
ちなみに、カナリアは身代わりの代名詞。
それと同じことを一年前にされかけていたことを知らされた昨日のとある「課題図書」。
このお話はまたいつか、どこかでしたいと思います。
数日前にやたら仲里依紗ブームが来ていましたが。
そのきっかけが、この発表会絡みのこと。
お稽古だけでなく、日々やらなきゃならないことってあるじゃないですか。
わかっているけど、ギリギリまでやらない。
ギリギリでやるから、自信がなくなる。
自信がないから、それがニュアンスに出る。
仲里依紗さんのYouTubeを、なんの気無しに見たとき、そこで女優とプライベートの葛藤を語っていたときがあって。
なんか、すごくストンと腑に落ちたんですよね。
結局すべては自覚なのだというごく当たり前のことを。
忙しさというものには定義がなく、人によりすごく違います。
時間軸の違いは周波数の違い、それを超えてもやりたいとか、在りたいと思う方に人は進んでいくべきなんですよね。
その過程では知識も決意も志も、覚悟も必要になります。
えみこの人生は、後悔少なめのタイプですが。
不器用さと自信のなさには、自信があるみたいな変なところがあって。
でもそれを払拭するには、やることはやった、という積み重ねしかないんですよね。
アマチュアとして板の上に戻る過程で、それを骨の髄まで思い知らされています。
きっと、これやり切ったら人生変わるだろうなあ。
なんだか、そんな気がする。
いま、いろんな業態が(もちろんうちも含めて)恐らく戦後最悪な低迷を強いられているのですが。
辞めたくないなら前に出るしかないし、不安は山ほど沸いてくるけど、それを払拭するには、不安がなくなるまで動くしかないんだよな、と思うわけで。
願わず頼らず感謝して。
結局わたしは、ここに行くんだろうな、とね。
今日は新月。
獅子座の願いごとは、自信を持ちたい方にはぴったり。
あなたもぜひ、種まきしてみてくださいね。