30/80〜社会と文化の刷新サイクル
2020/07/27
神様はみている、そしてきちんと、答えを下さる。
お目通し下さり光栄です、京都の脳科学コーチ
都の巫女 西陣の拝み屋です。
本日7/27は、オンラインのみご予約承ります。
20時〜のみ受付可能、明日7/28はお休みをいただきます。
ご予約お問い合わせは、こちらから。
ぽちぽちお伝えしていますが、8月から10年ぶりに行生活に復帰することになりました。
まだお伝えできることは少ないですが、レギュラー講座にお越しの皆様には、少しずつご奉仕させて頂きはじめました。
等価交換の原理に則り、対価を頂いていくものもあれば、その前段の時期やタイミングとして経験値相殺で体験できる方に分かれているこの時期。
個人的には100人終えたらすべてのご奉仕を等価交換の原理に添わせる方針でいます。
受講生の方には長らくお伝えしてきましたが、令和の世は特に「等価交換の原理」「対価見積もり」をお伝えしていくことになると思います。
それは責任能力と大きく関係があるからです。
そもそも、臼井靈氣は戒律の中に存在する療術でした。
その戒律が「五戒」と呼ばれるものであり、世界共通なものです。
言霊を使うため、世界でも日本語であり、日本語を話せない方にも日本語のままで覚え、唱えて頂くもの。
1940年に臼井靈氣が海を超えてから80年、それは変わらずに伝承されてきました。
臼井靈氣の伝承を担うものとして15年以上東西で教授を重ねてきましたが、その中であまりにこの「対価見積もり」の概念がないことに驚きを隠せずにおりました。
価値を見出す感性は、自尊心に直結します。
この歪みを生んだのは、個人的には戦後にあると考えていて、このタイミングは臼井靈氣が海外に持ち出された時期と符合します。
当時、もう臼井甕男氏はこの世には居らず、どのような経緯で海外に伝承されたのか、あらかたなことは判るものの、そこに開祖の意思が反映されていたのかについては、正直疑問視しながら現場に出てきました。
とはいえ、わたし自身臼井靈氣術者として8年目を迎えた10年前にいわゆる「能力者」と呼ばれる存在になってしまったため、長いこと曖昧な存在として生きてきたわけですが。
人はイメージできないものを受け入れません。
「あなたは何者ですか?」と問われれば「研究者です」というのが答えなのですが。
それは到底皆様には納得頂けない回答らしく笑。
研究者=科学=目に見える、というのが世の認識。
でも、本当の科学とは「見えないものを論理的に説明し、再現性のあるものに形づける」ことをいうのだと、わたしは思っています。
こと伝承に関しては、よりそんな存在。
でなければ、神道にも仏教にも、祝詞やお経が存在する意味が失われてしまうから。
何百年と本質を理解したものたちが「この手順通りにすれば、神(仏)に届く」と伝えてきたのが宗教儀式。
そして、本人はそのための力を得る行をせず、代わりに行を為し得たものにお取り次ぎをお願いするための対価が初穂料やお布施なのです。
そんなことは、日本は戦国時代以前からやっていて、農村で馬弓(吉凶を占う祭ごと、流鏑馬の前身ともいわれるもの)が行われる際に、弓の上手いものに対価を支払い代わりに射らせた記録があるともいわれています。
託宣者として仕事をする身ですが、8月からの行ではもう一段上の神託神子を目指して行を開始します。
昔、西陣の拝み屋のような野良の巫女(所属する神社など雇主を持たぬもの)は、大半が傀儡女(くぐつめ、なにかの依代として躯体を貸すもの)であったといいます。
傀儡女を拒み、師範を持たずにこの10年を過ごしてきましたが、傀儡女にしようとする人たちにはずいぶんお会いしました。
誰かの自由にされるくらいなら、自らが納得する生き方をしたい。
そう強く神に祈った先に、今回の行再開に繋がる流れがありました。
そんなとき、神様はいるし、きちんと見ていてくださるし、応えてもくださるのだな、と思うのです。
本日より新たなワークショップの受付をスタートしました。
行の一環として行うものでもありますが、その根幹には、まだ日本人の中に責任能力のある方がいらっしゃると信じる気持ちがあります。
社会は30年、文化は80年で刷新される。
これは講座内で、いつもお伝えすること。
そして、2020年はこのクロスポイントです。
これからの5年は、責任能力のある方とのご縁を信じて、世にわが身を呈していこうと思っています。
30年前に泣くほど好きだったある曲を思い出しました。
この曲と、ある映画。
そこが、わたしのもうひとつの出発点だったことを思い出した日。
30年前。
あなたは、どこから何をスタートさせましたか?
ちょっと振り返ってみてくださいね。